説明できない人は、本当に説明できないのか?

コミュニケーション

― 「説明できない」の構造分解 002(後編) ―

理解するとはどういうことか

前回、

私は説明が苦手なのではなく、

「理解していない」

のではないか、

という話を書いた。

では、

理解するとはどういうことなのだろうか。

私は長い間、

表現できそうで表現できない感じだった。

理解とは、

「何が起こっているのか自分の中で納得できること」

ではないかと思っている。

納得できるか?

例えば、

「トヨタのエナジーオブザーバー号世界一周成功」

というニュースを

暗記に近い覚え方をした。

しかし、

具体的に何の話だったか聞くと

答えられない。

これは、

情報をただ入れただけで

自分の中で納得できていない。

「なんだかわかんないけど

トヨタの船が世界一周したらしい」

という情報だけだ。

一方、

理解した情報は違う。

「これは水素型燃料電池自動車の

データをフィードバックした

自律エネルギー型燃料電池船だ。」

とか、

「海上で燃料無しで、運航可能な船」

などの説明ができる。

理解とは、

知識を増やすことではなく、

知識を具体的に

使える状態にすることだと思う。

理解するための三つの質問

では、

どうすれば理解できるのだろうか。

最近私が試しているのは、

次の三つの質問だ。

① 何の話か?

② なぜ重要か?

③ どの分類に入るか?

例えば、

「○○様の臀部に褥瘡が発見されました」

という情報なら、

何の話か?

利用者様のお尻の皮膚の状態の変化

なぜ重要か?

放っておくと患部が壊死し、

悪化するので

体位変換のための

エアーマットの導入を検討したい。

どの分類か?

→ 介護、医療の分類

となる。

ニュースでも同じだ。

「不動産登記法の改正が行われた。」

なら、

何の話か?

ルール変更

なぜ重要か?

測量に求められる制度が

変わることによって、

座標点調査、GNSS測量、製図に

費用の著しい変更があり、

増額になる。

どの分類か?

法律や技術

となる。

 理解は圧縮作業でもある

理解できると、

情報は短くなる。

例えば、

何百文字もあるニュース記事を読んだ後、

「結局何の話?」

と聞かれた時に、

一言で答えられる。

これは要約能力というより、

理解した結果だと思う。

理解しているから、

重要な部分だけ残せる。

理解しているから、

不要な部分を捨てられる。

つまり、

要約は理解の後に起きる作業なのだ。

小学生に説明できるか

前回も触れたが、

理解の確認方法として、

私は

「小学生に説明できるか」

が有効だと思っている。

専門用語を使うことは難しくない。

覚えれば言える。

しかし、

理解していないと、

その言葉を別の言葉に置き換えられない。

例えば、

先ほどの、

「水素型燃料電池自動車の

 データをフィードバックした

 自律エネルギー型燃料電池船だ。」

と言うことはできる。

しかし、

「海の水を利用して

 発電することで

 燃料切れしないで

 運行が出る船」

と説明するには、

状況を理解している必要がある。

難しい言葉を使うより、

簡単な言葉に変換する方が難しい。

理解の訓練をする

ここまで書いてきて思うのは、

理解は才能というより、

訓練できるものなのではないかということだ。

もちろん得意不得意はある。

しかし、

理解したつもりになっているだけで、

実際には理解できていないことも多い。

そこで今、

私が試している方法がある。

ノートを使う方法だ。

やり方は簡単で、

ニュースでも、

仕事の申し送りでも、

本でも、

何でもいい。

新しい情報に触れたら、

次の3つを書く。

① 何の話か?

② なぜ重要か?

③ だからどうするのか?

例えば、

「床に味噌汁をこぼしました」

という情報なら、

何の話か?

床を味噌汁で汚した。

なぜ重要か?

こぼれた味噌汁で足を滑らす可能性、

床の汚れがしみになる可能性がある。

だからどうするのか?

床掃除と片付けが必要になる。

となる。

大事なのは、

正解を書くことではない。

自分なりに考えてみることだ。

私は今まで、

情報を覚えることはしていた。

しかし、

「結局何の話なのか」

を考える習慣はあまりなかった。

だから今は、

理解できたかどうかを確認するために、

ノートへ書き出している。

実際に書いてみるとわかるが、

理解したつもりでも、

意外と何も説明できないことがある。

逆に、

簡単な言葉で書けるなら、

ある程度理解できているのだと思う。

説明の前にあるもの

私は

説明できないことを悩んでいた

つもりだった。

しかし振り返ってみると、

理解していないことに

不安を感じていた

理解の前には、

整理がある。

前回の記事では、

情報整理について考えた。

そして今回、

そのさらに手前にある

「理解」

という壁を掘ってみた。

では、

理解するにはどうすればいいのか。

今のところ、

私は次の3つを意識している。

① これは何の話か?

② なぜ重要か?

③ だからどうするのか?

ニュースでも、

仕事でも、

趣味でもいい。

何か新しい情報に触れたら、

この3つを考えてみる。

正直なところ、

私もまだ練習中だ。

だから本当に効果があるのかは、

これから検証していくことになる。

ただ、

説明が苦手だと思っていた

というより

理解していないことに焦っていた

私にとっては、

「説明の練習をする」より、

「理解の練習をする」方が

物事の芯を

とらえているような気がする。

しばらくはこの方法で、

自分の頭の中を整理してみようと思う。

もし同じような悩みがある人がいたら、

一緒に試してみてほしい。

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