継続運動:前編
運動しないと…
「健康にならなきゃな…」そう思うことはある。
だが実際何をやるかは決まらない。
「運動どうやる?」
「誰かに聞く?」
「ジムに行く?」
「その前に自分でする?」
結局「どうするか?」で止まる。
今までくじけたポイント
- 何をやるのか決められない。
- 始めるまで時間がかかる
- 途中でやめてしまう
- 一度止まると再開しない
…こうやってあげつらってみると…
…全然進歩してねーな…
なぜ続けられないのだろう?
ちょっとこれは「やる気」原因だけではおかしい。
モチベーションが上がらないのを
「気合」と「根性」でどうにかするのももう限界…
一度やり方を詳しく分析してみよう。
1 実行可能要件の問題
運動って意外と気分的な生活コストを消費する。
「1日24時間しかないのにやっている場合じゃない」
とか思ってしまうほど、時間を消費すると思ってる。
後の仕事とか生活などの活動に支障が出るほど
体に負担がかかると思っている。
準備や移動が面倒くさい。
この時点で「やらない」という選択肢が生まれる
というよりも、「そんな場合ではない」でやめてしまう。
2 社会的コスト
運動中にも結構な抵抗感ある場面に遭遇することがあり、
後々引きずって辞めてしまう場合もある。
運動って秘密主義でやりたいものじゃない?
正直私っていじられキャラでさ…
他の人は知らないけどこういうのは
秘密主義でやらないとイヤなの…
なぜかというと、
人に見られて頼んでもないのに後で論評されたり、
知り合いに会ったら挨拶したり、
話しかけて結構話し込まなきゃいけなかったり、
正直今無敵の人だから、
不審者扱いされちゃったりして、
肩身が狭い思いしながら有酸素運動はやりたくない。
ヤベ!もうそれを考えるだけでやりたくなくなってきた…
3 認知的割り込み
他にもさらに厄介なのが、
「支度中に他のこと考え過ぎて運動をやめてしまう」ってない?
私は結構あって、
朝運動をやってた時によく、
「この後の仕事の予定組まないとな…体力もつかな?」とか
「あれ?今歩くならスクワットとかやった方が効率的だよな?」
「いやいや…歩くって決めたんだから…」
とか迷っているうちに予定時間が過ぎてできなかったとか…
つまり行動じゃなくて思考が開始を止めてしまう。
4 継続要件の欠落
あと、私がよくやりがちなのは、
1度成功した肉体改造を再度しようとして、
目標期間を2か月として
バチバチに計画組んでやり始めぐらいによくあるんだけど、
雨が続いて中断せざるを得ない場合に、
計画が途切れるとイヤになってしまう。
後、あまりにも疲れてダメージが残るような仕事をした時に
力も残ってないのに無理してやって
次の日どうあってもできないような状態になって
いったん中断した場合、
「また今度」が重なってそれっきりになっちゃったり…
つまり、
「どういう状態になったらどう再開するのか」が
ちゃんと設定されていないんだよね。
5 効率設計の問題
私がよく計画を立てて挫折しがちなのが、
「1日1時間7.5km走る。」設計で、
家の前の道がトラックみたいになっていて
アスファルトなんだけど1周750mあるんだよね。
そこを10周走ると単純計算で7.5kmになる。
若い時に成功させたんだけど、
意外と体に来るし、
成功条件が高すぎて不可能になっちゃう。
問題はやる気ではなく運動コストではないか?
こうして原因をまとめると、
運動が続かない理由は
心理的なコストが複数同時発生していることにあると思う。
よく、ただ「やる気がない」とか「できない理由を探している」
という理由付けする人がいるけど…
言うと気持ちがいいだけの雑なまとめ方ではないだろうか?
重要なのは
「開始前に思考が増殖する構造」
つまり余分なことを考えてしまう。ことと、
「中断がそのまま終了になる構造」
一回習慣を中断してしまうとリスタートできなくなること。
私は「構造的欠陥にアプローチしてみたら成功する」と考えている。
補足:偉人は特別なんだよ…
私はいつも、運動計画を朝やっていた。
まあ「朝活」というのもあるけれど、
「偉人の生活パターンは朝2時間の散歩から始まる」
みたいな話を聞いたことがあったのが大きい。
…そしていつも挫折した…
…無理だよ…いったい誰だよこの余裕がある生活できるやつって…
でも、それが可能な人って、
すでに時間・環境・認知負荷が整った後の人がやることであって、
それができていない私がやるのは無茶もいいところなのだ。
運動が続かない理由は単純じゃない。
- 実行コスト
- 認知の割り込み
- 社会的負荷
- 再開設計の欠如
これらが重なった結果として、
「続かない」という現象が生まれている。
つまり最初から
「計画倒れなことをやっている」
ということなんだ。



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