説明できない人は、本当に説明できないのか?

コミュニケーション

― 「説明できない」の構造分解 002(前編) ―

ニュースは覚えられるのに説明できない

私はニュースを覚えられるのに、

仕事の申し送りになると

しどろもどろになってしまう。

当時は単純に、

「説明する能力が低い」

と思っていたが、

説明が苦手なのではなく、

説明する前の

「情報の整理」に問題があるのではないか

と考えた、

そこで、

いろいろな事象を一言で要約する

「タイトル付け」

などの練習をしてみたが、

どうも違う気がする。

私は説明できないのではなく、

「理解していない」

のではないか。

そんな疑問が出た。

暗記と理解は別物

考えてみれば、

私はニュースを覚えている。

しかし、

「結局何の話だったのか?」と

聞かれると答えられないことがある。

つまり、

「覚えている≄理解している」

ということだ。

学校の勉強でも同じだ。

テスト前に丸暗記して、

試験が終わったら忘れる。

そんな経験をした人も多いだろう。

あれは知識を覚えていたのであって、

理解していたわけではない。

10秒で説明しろ

人生50年近く生きていると

しびれるほど感動する

「指導の言葉」を聞くことがある。

学生時代の部活でも、

仕事でも、

本当にできる人の説明は重い。

そしてなぜか短い。

もちろん長い話が悪いわけではない。

長くても感動する話はある。

ただ、

長い説明を

最後まで正確に聞き取れる人は少ない。

というか、

聞いていないと思う。

話の内容を100%覚えている人はまずいない。

多くの人は、

自分に必要だと思った部分や、

印象に残った部分だけを拾っている。

だからこそ

インパクトが強くて、

要点だけ明瞭な

短い言葉が重要になる。

実際、

仕事内容を共有している相手なら、

10秒程度で説明できることも多い。

例えば、

「この地域にビルを建てたい」

という相談なら、

「まず自治体に確認してください。都市計画の制限があります。」

で大筋は伝わる。

情報を圧縮できる人は、

短時間で本質を伝えられる。

なぜ短く説明できるのか

私は長い間、

要約が上手い人は

特別な能力を持っているのだと思っていた。

しかし、

よく考えてみると

私も長い年数仕事をやっているものに関しては、

説明を求められた時に、

要約も脚色もして説明していた。

要約できる人は、

先に理解しているのだ。

理解しているから、

必要な部分と不要な部分を分けられる。

理解しているから、

相手に合わせて言葉を変えられる。

理解しているから、

短く伝えられる。

つまり、

要約は理解の結果なのではないだろうか。

理解しているかどうか

では、

理解しているかどうかは

どう判断するのか?

私は次の3つが目安になると思う。

① これは何の話か説明できるか

② なぜ重要なのか説明できるか

③ 他人に説明できるか

例えば介護現場において、

「左臀部に発赤及び腫脹が確認され、

 ひっかき傷と思われる皮膚の剥離が確認できる。」

という情報なら、

「何の話か?」

→ 利用者様の皮膚のトラブルです。

「なぜ重要か?」

→はく離した部分が化膿する可能性があるから

保護する必要がある。

「他人に説明すると?」


→お尻の左側のかぶれた部分があり、

 その部分にひっかき傷があり、

 皮がめくれているので

 ガーゼや包帯でで保護する必要がある。

となる。

小学生に説明できるか

実は一番簡単な確認方法がある。

それは、

「小学生に説明できるか」だ。

専門用語は覚えられる。

難しい言葉も使える。

しかし、

理解していないと簡単な言葉に変換できない。

逆に理解している人は、

難しい内容ほど簡単な言葉で説明できる。

例えば先ほどの報告であれば。

「○○さんのお尻にかぶれができて、

 そこかかき傷になっていた。

 だから悪化しないように包帯を巻いた。」

で済む。

説明の前に理解がある

前回の記事では、

説明できない理由の一つとして、

情報整理の問題について考えた。

しかし今回考えてみて、

そのさらに手前にあるものが見えてきた。

それは「理解」だ。

理解しているから整理できる。

理解しているから要約できる。

理解しているから説明できる。

もしそうだとすると、

人はどうやって理解するのだろうか。

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