発達障害の考察001
発達障害について当事者としては…
発達障害には様々な種類がある。
私のような
ASD(自閉スペクトラム症)の人もいれば、
ADHDの人もいる。
また、
同じ診断名であっても
特徴は人によってかなり違う。
周囲の音や情報が
気になりすぎる人もいる。
文字を読むことに
強い負担を感じる人もいる。
相手の表情や場の空気を
読み取ることが苦手な人もいる。
そのため、
「発達障害とはこういうものだ」と
一言で説明することは難しい。
それでも
私なりに乱暴にまとめるなら、
「一歩の幅が短い」
という表現になる。
原因は人によって違う
例えば
山の頂上を目指すとする。
ある人は
一歩で1メートル進める。
別の人は
一歩で50センチしか進めない。
もちろん
現実はこんな単純ではない。
発達障害の人が抱える問題は
人それぞれ違う。
ノイズをうまく遮断できない人もいる。
瞬間的に必要な情報を抜き出すことが
苦手な人もいる。
読み書きに
大きな負担を抱える人もいる。
周囲の状況把握に
時間がかかる人もいる。
原因はばらばらだ。
しかし結果として、
同じ場所にたどり着くまでの工程数が増える
という現象が起きやすい。
「できない」のではなく工程が多い
私は会話が苦手だ。
理由については、
最初は説明能力だと思っていた。
上司に対し
電話口で説明したりするのが
ひどく苦手で、
「何を言っているのかよくわからない」
と言われたり、
「簡潔にしゃべれ」
と言われたりした。
即興で
文章報告をしたりするのも同じで
赤ペンが凄く入ったのを覚えている。
しかしながら、
ちゃんと時間を取って
文章要約やとりまとめをすると、
意外と普通に説明できる。
つまり
説明能力がないのではない。
では、
具体的にどのようなことが行われているか?
会話で説明するとわかりやすい。
普通
会話というものは
「相手から話を聞く」
「相手に返答する」
「客観的」に見ると
この2工程だ。
もちろん
「主観的」には、
間に
「話を理解して返答を考える」
という1工程が入る。
その工程を
聞きながらできるので
1工程に換算しているように見えない。
私の場合は、
「主観的」にも「客観的」にも
「相手から話を聞く」
「内容を整理する」
「意味を理解する」
「返答を考える」
「相手に返答する」
この5工程になる。
つまり
「コイツ遅っせ!!!」となる。
客観的に
人が2工程に見えることを
私は5工程でやっているのだ。
それは遅く見える。
さらに、
私の場合、
受信する思考速度は
他の人と変わらないので、
例えば、
漫才のネタを見ても、
笑うタイミングは変わらない。
おわかりいただけるだろうか?
私の感じる
会話の不自由さを
時々
質問したことの答えが
見当違いの方向に行くのは、
思考が追い付かないのに
自分と相手に
「早くしろ!!」と
詰められるプレッシャーを感じるからだ。
しかし
本人の中では
手を抜いているわけではない。
むしろ
余分な工程を踏みながら
必死に追いつこうとしている。
一歩の幅が短い
最初は私も
自分の能力の低さを責めた。
定型発達者の書いた本を実践してみた。
だがうまくいかない。
極端な話
「感覚まで周りと同化させなければ、
社会で生き残る資格がない。」
そう思っていた。
ただ、
最近ようやく気付いた。
「進む方向」も
「目的地」も
他の人と変わらない。
感覚的なものが追い付かないのは
重要じゃない。
必要なのは
「目的地に到達すること」だ。
もちろん発達障害は
これだけで説明できるほど
単純なものではない。
しかし、
何工程か作業を経れば、
到達はできる。
一歩の幅が短い人は、
同じ距離を進むために、
より多くの歩数が必要になる。
私は長い間、
そのことを理解できなかった。
周囲と同じ歩幅で歩けない自分を、
能力が低いのだと思っていた。
しかし今は少し違う。
必要な歩数は多い。
遠回りもする。
それでも、
目的地にたどり着けないわけではない。
だから私は、
発達障害を一言で表すなら、
「一歩の幅が短い」
と考えている。


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