移民反対の理由は

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コンビニ外国人の態度が悪いから?

移民反対の構造001

画面の向こうの外国人

最近、SNSでは外国人問題が非常に強く流れてくる。

不法入国。

外国籍の人の犯罪報道。

移民制度の悪用。

外国人コミュニティと地域トラブル。

「日本人ファースト」を掲げる政党。

画面の向こうでは、

まるで日本全体が

危機にさらされているように見える。

ただ、正直に言えば、

私の周囲では

そこまで極端なトラブルは起きていない。

もちろん外国人の知人もいた。

私は昔ビリヤードをやっていたので、

アメリカ人、カナダ人、中国人、インドネシア人など、

外国人の知人は意外と多かった。

公務員時代にも、

言語学習の教員や地域在住の中国人と交流があった。

介護職時代には、

ミャンマー人やフィリピン人の職員とも一緒に働いていた。

別に強い悪印象はない。

むしろ真面目で、

気を遣う人も多かった。

ではなぜ、

「外国人問題」がここまで感情的になるのか。

考えているうちに、

私はあることを思い出した。

「なんとなく嫌な感じ」の正体

悪印象として記憶に残っている外国人を思い返すと、

実はかなり偏りがあった。

  • コンビニ店員
  • 食堂店員
  • 回収業者

つまり、
日本社会の接客や

生活ルールと直接接触する場面である。

もちろん、

日本人でも態度が悪い人はいる。

しかし、

日本人の場合は、

仕事モードに入ると、

表情やしぐさまで含めて調整する人が多い。

一方で、

外国人店員の中には、

日本語以外のコミュニケーションを

半ば諦めているように見える人がいる。

別に暴言を吐くわけではない。

しかし、

しかし、

「表情」

「目線」

「声のトーン」

「反応速度」

「しぐさ」が、

どこか雑に感じる。

そして日本人は、

思った以上にそこを見ている。

日本は「言語外」を読む共同体

私はASDなので、

空気を読むのは得意ではない。

それでも、

外国人よりは、

日本人相手の会話では、

空気を読めていると思う。

日本人は、

相手の表情や態度を、

異常なほど観察している。

むしろ、

言葉より先に、

空気や態度で

相手を判断している部分すらある。

なぜそう思うのか。

私は介護施設、

しかも認知症棟で勤務していた経験がある。

認知症の利用者は、

言語による説明が通じづらい。

しかし、

表情やしぐさには非常に敏感だ。

「怖そうな顔」

「面倒臭そうな空気」

「焦り」

「イライラ」

そういうものを、

驚くほど察知する。

逆に、

片言の日本語でも、

安心感のある態度なら、

利用者とのコミュニケーションは成立する。

実際、

ミャンマー人実習生の中には、

日本語は流暢ではないのに、

利用者と自然に関係を築けている人がいた。

つまり、

日本社会では、

「言葉」だけではなく、

非言語的なコミュニケーションが

非常に重視されている。

「外国人だから嫌われる」ではない

ここで勘違いしてほしくないのは、

私は

「外国人だから嫌われる」

と言いたいわけではない。

むしろ逆だ。

日本人同士でも、

態度が悪い人は普通に嫌われる。

ただ、

日本人は、

仕事モードに入ると、

感情や態度をかなり隠す。

だから目立ちにくい。

しかし、

日本に来たばかりの外国人は、

日本特有のコミュニケーション術に

まだ慣れていないことがある。

すると、

日本人側には、

「雑に扱われた」

「軽く見られた」と強く映る。

もちろん、

単なる文化差や言語負荷もあるだろう。

しかし、

日本人側は、

その微妙な違和感を、

「不可解な動き」

として無意識に警戒する。

その小さな警戒感が、

「外国人全体への印象」や

「固定観念」へ繋がっている部分は、

実際かなりあるのではないかと思う。

だから必要なのは「相互理解」だけではなく「適応」

私は不法移民問題や、

制度悪用の問題は、

別に考える必要があると思っている。

しかし、

少なくとも、

「外国人だから怖い」

という単純な話ではない。

むしろ、

日本社会は、

想像以上に、

非言語コミュニケーションへの

依存度が高い社会なのだ。

そのため、

「お互い理解しましょう」

だけでは、

現場の摩擦は解決しない。

外国人側にも、

日本式コミュニケーションや、

日本特有の空気感へ適応するための、

教育や日本社会への接続が必要になる。

逆に言えば、

そこを理解している外国人は、

普通に日本社会へ馴染んでいる。

つまり問題は、

「日本語だけ覚えればよい」

という話ではなく、

「日本式コミュニケーションへどこまで適応できるか」

なのではないだろうか。

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