移民反対の構造とは何だったのか?

コミュニケーション

移民反対の構造005

「郷に入りては郷に従え」

「郷に入りては郷に従え」

という言葉がある。

最近では、

「同化政策だ」

「多様性を認めていない」と

批判されることもある。

しかし私は、

日本人の社会を守るのに

他の国から来た人間の生き方を

日本が譲歩して受け入れるのは

お門違いだし、

郷に入りては郷に従えとは、

共同体のルールを受け入れるという意味だ。

それが嫌なら、

その共同体で暮らすこと自体が難しい。

逆にルールがわからないというのであれば

徹底的に教育を行うべきだと思う。

なぜなら、

社会とは、

最低限の共通ルールを共有することで成立するからだ。

どれだけ価値観が違っても、

「法律を守る」

「暴力を振るわない」

「地域ルールを守る」

「周囲へ一定の配慮をする」

そうした共通認識がなければ、

社会生活は成立しない。

この部分をぼかして

大雑把に受け入れることが

移住者のアウトロー化や

ギャング化の一因だと思っている。

日本人は意外と他人の文化を否定しない

ここで勘違いしてほしくない。

私は、

「もともとの文化と生活を捨てろ」と

言いたいわけではない。

誰がどんな料理を食べてもいい。

どんな宗教を信じてもいい。

どんな言語を使ってもいい。

法律の範囲内であれば、

それは個人の自由だ。

実際、

日本はそもそも

「受け入れる」ことで

成立してきた国だ。

特徴的な生活空間や

生活習慣に目が行きがちだが、

それは、

生活環境の中で

合理的に成立してきたものであって、

驚くほど思想的なバックボーンは少ない。

基本的に他国の文化を取り入れ、

日本風に作り変えてきた国だ。

仏教だって日本風に受け入れているし、

建物や様式も日本風に受け入れている。

だから、

日本人は他人の生活様式に対して、

興味深く聞くことはあるが、

思われているほど干渉しない。

しかし、

生活のルールそのものを否定された時には、

強く反発する。

それは外国人だからではない。

日本人同士でも同じだ。

なぜ文化を混ぜる必要があるのか

私は第3話で、

外国人への文化教育や社会教育の必要性を書いた。

今でもその考えは変わらない。

なぜなら、

日本社会は言葉だけで動いていないからだ。

  • 距離感
  • 迷惑感覚
  • 順番待ち
  • 地域ルール
  • 接客
  • 空気

こうしたものは、

教科書だけでは学びにくい。

だから、

日本語教育だけではなく、

日本社会そのものを

学ぶ機会は必要だと思う。

さらに言えば、

日本人は

意外と他人の文化を否定しない。

だから私は、

「元の文化を捨てろ」と

言いたいわけではない。

ただ、

日本で生きるなら、

日本の文化も取り込んでほしい。

文化を残したまま壁を作るのではなく、

文化を混ぜてほしいのだ。

海外では

民族問題というのがあるが、

日本人は

「民族」というくくり方をあまりしない。

ヴィジュアル的な部分で

最初は違和感をだすが、

生活していれば

普通に混ぜられる。

しかし日本人も変わらなければならない

ただ、

ここまで考えていて気付いたことがある。

それは、

「郷に入りては郷に従え」

を求められているのは、

外国人だけではないということだ。

昔の日本は、

日本人同士で完結する社会だった。

客も日本人。

会社も日本人。

地域も日本人。

だから、

「察しろ」

で何とか回っていた。

しかし今は違う。

海外企業。

海外サービス。

海外市場。

日本人は気付かないうちに、

外国との関わりの中で生活している。

郷は変わり始めている

例えば、

動画を見る。

買い物をする。

仕事をする。

それだけでも、

海外企業のサービスを利用していることは珍しくない。

日本人は、

外国人に対して

「日本の空気を読め」

と言う。

しかし一方で、

日本企業は海外市場で利益を上げなければ生き残れない。

そして私たち自身も、

海外企業のサービスなしでは生活できなくなりつつある。

例えば、

日本の高齢者には、

クレジットカードを利用しない人も多い。

しかし、

海外企業が運営する動画配信サービスでは、

クレジットカード決済が

前提になっていることも珍しくない。

もちろん、

「現金で払いたい」

と思う自由はある。

しかし、

見たい番組がそこにしかなければ、

自分のやり方を変えるか、

サービスを諦めるかを選ばなければならない。

つまり、

私たちは気付かないうちに、

自分たちのルールだけでは

生きられない世界へ入り始めているのだ。

つまり、

日本人もまた、

新しい「郷」に入り始めている。

 移民反対の構造とは

ここまで移民問題について考えてきた。

おもにSNSを騒がせているものと言えば、

「不法滞在」

「外国人犯罪」

「難民制度の悪用」

「地域コミュニティとの摩擦」

こうした問題は確かに存在する。

しかし、本当はそれだけではないだろう。

その奥にあるのは、

グローバル化によって

変化する社会への戸惑いでもあるように思う。

「海外企業」

「海外市場」

「海外サービス」が進出してくる中で

私たち自身にも、

こちらが合わせなければならない新ルールが

混ざり始めている。

移民反対の構造とは、

単なる外国人への反発だけではなく、

根本的な社会のルールチェンジへの

戸惑いや不安も含まれているのかもしれない。

そしてその不安をどう扱うのか。

外国人を排斥するのでもなく、

何も考えず受け入れるのでもなく、

変化する社会とどう付き合っていくのか。

それこそが、

本当の意味での問題解決なのではないだろうか。

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