自分の思考構造が見えてきた
モチベーションの理屈001
何かを始めようとするとメンドくさい
私は昔からよく、
興味をもって何かをやろうとするんだけど
すぐ「メンドくさくなって」やめてしまう。
青春時代も今の仕事も
熱く駆け抜けている人からすると
すごく腹立たしいかもしれない。
実際
「真面目で尊敬できるなぁ」
と思っている人からは嫌われ…
周りの人から軽蔑されることが多い。
ただ、弁護させてほしい。
「メンドくさい」は、
- やる気がない
- 興味がない
- 怠けたい
という結果になるんだが、
始める段階では
すごく張り切っているんだ。
ただ、始める前の段階で、
- 必要な準備
- 継続コスト
- 管理
- 失敗パターン
- 将来的な運用
この現実を見てしまうと。
急に腰が重くなって
縮みあがってしまう。
「やらない理由を探しているだけ」
「舐めてただけだろ?」
という方
オダマリください。
今回は、
「メンドくさい」の構造を
分解してみようと思う。
「メンドくさい」は大体開始前に発生する。
私は好奇心旺盛なので、
- 新しい趣味
- ブログ開設
- ダイエット
など、
まず「やってみよう」となるのだが
俯瞰で見た時に
- 必要な道具や場所の選定(何が必要か?)
- 必要な時間を確保するなど(維持できるか?)
などを、早い段階でシミュレートしてしまい、
始める前に「ムリだー!!」となる。
これだけ書いていると
マジで「ダメなヤツ」の典型に見えてくる。
もしかしたら、
それは私と同じ境遇なのかもしれない。
なんで「メンドくさい」のだろう?
このいわゆる「ダメなヤツ」
の弁解を聞いて欲しい。
1 予測展開が早すぎる
自分は始めるより先に
- なにをしたらいいのか?
- 生活と両立できるのか?
- メイン作業以外の作業コスト
- 予定が狂った場合の補填
までシミュレートしてしまう傾向がある。
つまり、
「単発行動」ではなく、
「長期運営」として認識してしまう。
2 分解すると大枠を見失う
自分は細かい作業を
「大雑把な分別で済む状態」
まで分解することで
処理負荷を減らしていた。
しかしその一方で、
分解に集中しすぎると、
「あれ、自分は何をするためにこれをやっていたんだ?」
となる。
つまり、
全体の中の一部の処理に集中するあまり、
全体目的を忘れてしまう。
リアルで方向音痴なのだが、
その例えで話すと
車で案内してもらって
解散になった後で
来た道を忘れて道に迷う
という感覚に近い。
3 戻れない不安
これは「家を空けた時の施錠不安」に近い。
自分は、
「状態が確定しているか」
に不安を感じやすい
だから、作業内で考えると
- 全体でどの部分が何割終っていたか?
- これが全体のどの部分を占めているのか?
などと不安に駆られると
作業に集中できない。
感覚で言えば
「旅行に出かけたのに家の戸締りで不安になり、結局楽しめなかった。」
という感じだ。
……こうやってみると
何がメンドくさいって
私の性格がメンドくさいな…
メンドくさいの正体
ここまで整理してみると、
私の「メンドくさい」は、
単なる怠慢というより、
「複雑性を脳内だけで維持しようとした結果」
に近い気がしている。
特に自分は
- 接続を大量に見る
- 分岐を予測する
- 共通構造を探す
上記の事を行う傾向が強い。
そのため開始時点で、
脳内に巨大な構造が展開される。
つまり
「やる前から総合作業化している」
のである。
ただこれは、
私は「傾向が強い」だけで、
「始めようとしてみたはいいものの
作業量の多さにめまいがして
手が引っ込んでしまった。」
なんて話は結構あるのではないだろうか?
これも、
真面目に逃げないで活躍できる人からすれば
「できない理由を探している」という
「怠けることの言い訳」となってしまう。
困難を無視して
いばらの道を進む姿は美しい。
だがそれは、
問題点と真正面から向かい合っているのか?
疑問が残る。
では、どうすればいいのか?
ここまで考えてみて、
自分に必要だったのは、
「気合」でも「根性」でもなく、
「全体の進捗情報」と「仕事の指示書」だった。
例えばジグソーパズルなら、
完成図が見えていて、
「今どの辺を埋めているのか」
が分かるだけで、
かなり安心できる。
逆に
- 完成図がない
- どこを埋めているのか分からない
- 全体進行が見えない。
状態だと、
急に処理負荷が上がる。
というより
何やっていいかわからなくなる
しかも自分の場合、
問題は「作業」そのものより、
「全体管理を脳内だけでやろうとしている」
ことだった気がする。
だから最近は、
「管理を外部化できないか?」を考えている。
例えば
- 今どこをやっているか?
- 何が終わっているか?
- 次にどこへ戻ればいいか?
- 全体の進捗状況は?
を外部に表示する。
例えばジグソーパズルを
数十枚組み合わせて作る絵があったとして
今どのパズルを攻略しているかが分かる状態だ。
逆に
- 現在地不明
- 接続不明
- 戻り先不明
- 全体図の下書きも終わっていない
状態だと、
急に不安になるし、
手を付けたくない。
つまり自分は、
「作業」が苦手というより、
「作業の方向性が不明」なことが不安で
作業の継続が不可能なのかもしれない。
そこで少し実験してみようと思う。
今回ここまで整理してみて、
もしかすると「メンドくさい」は、
性格だけの問題ではなく、
「構造との相性」で変わるのではないか?
例えば
- 全体図を見える化する
- 現在地を表示する
- 戻れる場所を作る
- 作業を再開できる状態にする。
これだけでも、
不安が抑えられるかもしれない。
なので今後しばらく、
「メンドくさいは構造で改善できるのか?」
を実験してみようと思う。
たぶん失敗もする。
むしろ、
失敗することの方が多いかもしれない。
しかし「壊れ方」自体にも、
構造があると思う。
「メンドくさい」は怠慢だけでは説明できない
もちろん、
単純にやりたくない時もある。
怠けることもある。
ただ、
少なくとも自分のケースでは、
「メンドくさい」は、
「やる気がない」ではなく、
「明らかなキャパオーバー」
として見る方が、
かなり説明しやすかった。
そして重要なのは、
「完璧に管理すること」
ではなく、
「なんとなくでもいいから方向性がわかっていること」と
「作業の大枠を逃がさないように主要素を集められるか」
だった。
もしかすると現代は、
情報も選択肢も増えすぎて、
「始める前に疲れてしまう人」か、
かなり増えているのかもしれない。
もしそうなら、
必要な掛け声は、
「もっと頑張れ」ではなく、
「じゃあ何ができないのか一緒に確認しよう」で、
必要な要素は
「努力や根性」ではなく
「複雑性を扱いやすくする構造」
なのではないだろうか?
自分の思考構造が見えてきた
モチベーションの理屈001
何かを始めようとするとメンドくさい
私は昔からよく、
興味をもって何かをやろうとするんだけど
すぐ「メンドくさくなって」やめてしまう。
青春時代も今の仕事も
熱く駆け抜けている人からすると
すごく腹立たしいかもしれない。
実際
「真面目で尊敬できるなぁ」
と思っている人からは嫌われ…
周りの人から軽蔑されることが多い。
ただ、弁護させてほしい。
「メンドくさい」は、
- やる気がない
- 興味がない
- 怠けたい
という結果になるんだが、
始める段階では
すごく張り切っているんだ。
ただ、始める前の段階で、
- 必要な準備
- 継続コスト
- 管理
- 失敗パターン
- 将来的な運用
この現実を見てしまうと。
急に腰が重くなって
縮みあがってしまう。
「やらない理由を探しているだけ」
「舐めてただけだろ?」
という方
オダマリください。
今回は、
「メンドくさい」の構造を
分解してみようと思う。
「メンドくさい」は大体開始前に発生する。
私は好奇心旺盛なので、
- 新しい趣味
- ブログ開設
- ダイエット
など、
まず「やってみよう」となるのだが
俯瞰で見た時に
- 必要な道具や場所の選定(何が必要か?)
- 必要な時間を確保するなど(維持できるか?)
などを、早い段階でシミュレートしてしまい、
始める前に「ムリだー!!」となる。
これだけ書いていると
マジで「ダメなヤツ」の典型に見えてくる。
もしかしたら、
それは私と同じ境遇なのかもしれない。
なんで「メンドくさい」のだろう?
このいわゆる「ダメなヤツ」
の弁解を聞いて欲しい。
1 予測展開が早すぎる
自分は始めるより先に
- なにをしたらいいのか?
- 生活と両立できるのか?
- メイン作業以外の作業コスト
- 予定が狂った場合の補填
までシミュレートしてしまう傾向がある。
つまり、
「単発行動」ではなく、
「長期運営」として認識してしまう。
2 分解すると大枠を見失う
自分は細かい作業を
「大雑把な分別で済む状態」
まで分解することで
処理負荷を減らしていた。
しかしその一方で、
分解に集中しすぎると、
「あれ、自分は何をするためにこれをやっていたんだ?」
となる。
つまり、
全体の中の一部の処理に集中するあまり、
全体目的を忘れてしまう。
リアルで方向音痴なのだが、
その例えで話すと
車で案内してもらって
解散になった後で
来た道を忘れて道に迷う
という感覚に近い。
3 戻れない不安
これは「家を空けた時の施錠不安」に近い。
自分は、
「状態が確定しているか」
に不安を感じやすい
だから、作業内で考えると
- 全体でどの部分が何割終っていたか?
- これが全体のどの部分を占めているのか?
などと不安に駆られると
作業に集中できない。
感覚で言えば
「旅行に出かけたのに家の戸締りで不安になり、結局楽しめなかった。」
という感じだ。
……こうやってみると
何がメンドくさいって
私の性格がメンドくさいな…
メンドくさいの正体
ここまで整理してみると、
私の「メンドくさい」は、
単なる怠慢というより、
「複雑性を脳内だけで維持しようとした結果」
に近い気がしている。
特に自分は
- 接続を大量に見る
- 分岐を予測する
- 共通構造を探す
上記の事を行う傾向が強い。
そのため開始時点で、
脳内に巨大な構造が展開される。
つまり
「やる前から総合作業化している」
のである。
ただこれは、
私は「傾向が強い」だけで、
「始めようとしてみたはいいものの
作業量の多さにめまいがして
手が引っ込んでしまった。」
なんて話は結構あるのではないだろうか?
これも、
真面目に逃げないで活躍できる人からすれば
「できない理由を探している」という
「怠けることの言い訳」となってしまう。
困難を無視して
いばらの道を進む姿は美しい。
だがそれは、
問題点と真正面から向かい合っているのか?
疑問が残る。
では、どうすればいいのか?
ここまで考えてみて、
自分に必要だったのは、
「気合」でも「根性」でもなく、
「全体の進捗情報」と「仕事の指示書」だった。
例えばジグソーパズルなら、
完成図が見えていて、
「今どの辺を埋めているのか」
が分かるだけで、
かなり安心できる。
逆に
- 完成図がない
- どこを埋めているのか分からない
- 全体進行が見えない。
状態だと、
急に処理負荷が上がる。
というより
何やっていいかわからなくなる
しかも自分の場合、
問題は「作業」そのものより、
「全体管理を脳内だけでやろうとしている」
ことだった気がする。
だから最近は、
「管理を外部化できないか?」を考えている。
例えば
- 今どこをやっているか?
- 何が終わっているか?
- 次にどこへ戻ればいいか?
- 全体の進捗状況は?
を外部に表示する。
例えばジグソーパズルを
数十枚組み合わせて作る絵があったとして
今どのパズルを攻略しているかが分かる状態だ。
逆に
- 現在地不明
- 接続不明
- 戻り先不明
- 全体図の下書きも終わっていない
状態だと、
急に不安になるし、
手を付けたくない。
つまり自分は、
「作業」が苦手というより、
「作業の方向性が不明」なことが不安で
作業の継続が不可能なのかもしれない。
そこで少し実験してみようと思う。
今回ここまで整理してみて、
もしかすると「メンドくさい」は、
性格だけの問題ではなく、
「構造との相性」で変わるのではないか?
例えば
- 全体図を見える化する
- 現在地を表示する
- 戻れる場所を作る
- 作業を再開できる状態にする。
これだけでも、
不安が抑えられるかもしれない。
なので今後しばらく、
「メンドくさいは構造で改善できるのか?」
を実験してみようと思う。
たぶん失敗もする。
むしろ、
失敗することの方が多いかもしれない。
しかし「壊れ方」自体にも、
構造があると思う。
「メンドくさい」は怠慢だけでは説明できない
もちろん、
単純にやりたくない時もある。
怠けることもある。
ただ、
少なくとも自分のケースでは、
「メンドくさい」は、
「やる気がない」ではなく、
「明らかなキャパオーバー」
として見る方が、
かなり説明しやすかった。
そして重要なのは、
「完璧に管理すること」
ではなく、
「なんとなくでもいいから方向性がわかっていること」と
「作業の大枠を逃がさないように主要素を集められるか」
だった。
もしかすると現代は、
情報も選択肢も増えすぎて、
「始める前に疲れてしまう人」か、
かなり増えているのかもしれない。
もしそうなら、
必要な掛け声は、
「もっと頑張れ」ではなく、
「じゃあ何ができないのか一緒に確認しよう」で、
必要な要素は
「努力や根性」ではなく
「複雑性を扱いやすくする構造」
なのではないだろうか?



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