― 「説明できない」の構造分解 001 ―
ニュースは覚えるが申送りはうまくいかない。
何度かブログで
「お前は何言っているのかわからん」
とよく言われることを書いた。
私はニュースを比較的よく覚えている。
もちろん永久に覚えている訳ではない。
ただ、
事件の流れや発言、
時系列などを、
かなりそのまま保持している感覚がある。
要はほぼ丸暗記だ。
一方で、
職場の申送りを受けるのはダメだ。
メモは取っているのに、
後で見返してみても
意味が分からない。
「自分で書いたはずなのに読めない」
そんな状態になる。
言葉を理解していないわけではないが、
仕事の作業内容や
現場の様子を
「言語化」してまとめられない。
努力でどうにかならないかと
諸先輩方アドバイスを参考にしたが、
どうにもうまくいかない。
そういう理由
単純に「能力が低い」
というレッテルが張られ、
私もそう思っていた。
しかし
ブログを書いていてわかったのだが、
この現象は
「瞬間的な情報整理能力の差ではないか?」
ときがついた。
というのも、
私にはASD傾向があり、
以前から、
家族と自分では
情報の保管の仕方そのものが違うことに
違和感があったからだ。
洗濯物の取り込み方の違いみたいだ。
最初は不思議だった。
ニュースは理解できるのに、
なぜ申し送りは理解できないのか?
この違いを整理してみると、
大きな差があった。
ニュースは最初から整理されている。
主語があり、
時系列があり、
映像やテロップもある。
つまり、
「情報が構造化された状態」で渡される。
一方で職場の引継ぎは、
先日の帰宅前の
すべての状況を
把握している前提で
「あの件」
「例の人」
「昨日の続き」
「あとよろしく」のように、
要約された断片が
高速で飛んでくる。
つまり、
受け取る側が、
省略部分を察しながら
再構築しなければならない。
この2つを比較すると
たたんである洗濯物
たたまなければいけない洗濯物
そんな違いを感じる。
自動要約装置
気づいたのだが、
私は、
「情報を理解できない」のではなく、
会話中に
「頭の中で要約が間に合っていない」
のではないか?
さらに考えると、
自分は情報をほぼ暗記しているのに対して、
逆に普通の人は、
必要部分だけ自然に要約しているように見える。
だから私は、
情報量が多すぎて説明できない。
あるいは、
逆に省略しすぎて伝わらない。
この両極端になりやすい。
つまり問題は、
「頭が悪い」
ではなく、
「要約ができてないだけ」の
可能性がある。
自動要約装置の構築ってできる?
自分がやっていることと
他の人ができていることを見ると、
「人間の脳って偉大だな」
と感じる。
手動でやるとかなり難しいことを
自動でやっている。
仕上がった洗濯物を
タンスにしまう際に
持ち運び用のカゴに入れるが、
カゴに入れる際にでたたんでいるのと
タンスにしまう際にたたむような違いを感じる。
今後私が必要なのは
「情報」という洗濯物を
持ち運びカゴに入れる際の
「情報のたたみ方」だと思う。


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