共同体は何を守っているのか

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― ムラ社会型共同体と「所属」の空気 ―

共同体の正義002-4

ムラ社会型共同体

1 ムラ社会型共同体は「仲間」を守る

最後に、

ムラ社会型共同体。

これは一番説明が難しい。

なぜなら、

法律や思想より、

「空気」で動く割合が大きいからだ。

この共同体では、

「昔からの付き合い」

「地元の関係」

「先輩後輩」

「同級生」

「親同士の関係」

「地域の力関係」

「同じチーム」

「同じ国の人間」

「同じ民族」など、

人間関係そのものが、

共同体の土台になっている。

だから、

「正しいかどうか」より、

「仲間かどうか」の方が

優先されやすい。

故に、

仲間内で問題が起きた時、

「内部で処理しよう」

とする圧力が強く働く場合がある。

場合によっては、

明らかに問題行為であっても、

見て見ぬふりをしたり、

外部介入を嫌がったりする。

2 「守る」と「閉じ込める」が同時に存在する

私はムラ社会で育ったので、

この空気をかなり強く感じていた。

ムラ社会は、

仲間を守る。

困った時は助けるし、

横のつながりも強い。

ただしその反面、

閉鎖性も強い。

そしてこの二つは、

別々ではなく、

同時に存在している。

つまり、

「守る」と

「閉じ込める」が

セットになっている。

3 ムラ社会には階級が残る

特に私が強く感じていたのは、

上下関係だった。

例えば、

中学校時代の立場やキャラクターが、

大人になっても続くことがある。

昔いじられ役だった人は、

そのままいじられ役。

昔強かった人は、

大人になっても発言力が強い。

もちろん全部ではない。

ただ「昔の空気」が

そのまま残ることはある。

恨み節というより、

構造としてそう感じる。

私自身も、

「いじられキャラ」や

「サンドバッグ役」みたいな

扱いを受けたことがある。

でも不思議なのは、

「嫌なら離れればいい、」

だけでは終わらないことだ。

4 ムラ社会は「役割」を固定しようとする

例えば、

地元でよく言われた言葉がある。

「公務員辞めたら民間なんて使われないよ」

というものだ。

半分は脅しのようにも聞こえたが、

当時は私自身も、

「そういうものなのかもしれない」

と感じていた。

実際、

私は再就職できた。

でも今振り返ると、

あれは単なる悪口というより、

「その役割から外れるな」

という空気だった気がしている。

ムラ社会では、

「誰がどういう立場か」

「誰がどの役割か」を

固定しようとする力が働く。

なぜなら、

役割が崩れると、

共同体内部のバランスが崩れるからだ。

何気に成人式の時に、

不良グループでもヒエラルキーが低い人が

県外に進学したのに同じ扱いを受けているのを見て、

「1,2年だと、首輪付きで外に出す感覚なんだろうな」

とも感じた。

5 ムラ社会は「空気」で維持される

この共同体の厄介なところは、

ルールが曖昧なことだ。

思想共同体なら理念がある。

業務共同体なら法律や制度がある。

でもムラ社会は、

「昔からの風習」

「なんとなくそういうもの」

で成立している。

だから、

「空気を読め

「昔からそうだから」

「みんな我慢してる」など、

明文化されない圧力が強い。

いわゆる

「内輪ノリの強要」だ

そしてその圧力は、

外から見えにくい。

共同体は守るものがそれぞれ違う

ここまで見てきたように、

共同体は、

それぞれ違うものを守っている。

思想共同体は「正しさ」。

カリスマ型共同体は「中心人物」。

業務共同体は「機能」。

ムラ社会型共同体は「仲間と空気」。

もちろんこれは

共同体の複合要素を

無理に分類づけしただけなので

現実には、

これらは混ざる。

会社の中にムラ社会があることもあるし、
思想共同体がカリスマ化することもある。

ただ「何を守っている共同体なのか」を

意識すると、

なぜ同じ問題でも、

反応が全然違うのかが見えやすくなる。

そして多分、

次に問題になるのは、

「なぜ共同体は修正できなくなるのか」

だと思う。

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